35歳という若さで命を絶った女優・歌手・声優など様々な活躍していた神田沙也加さん。
神田沙也加さんの人生は幼少期から壮絶だったことは、赤裸々に明かしています。
トップアイドルだった母親の松田聖子さんは多忙だった為、1番近くにいたのが神田沙也加さんの祖母・一子さんでした。
毒親と言われている母親の松田聖子さんですが、仲良しな場面も見受けられるものの不仲説は頻繁にありました。
今回は、神田沙也加さんの生い立ちと育ての親である祖母、母親の松田聖子さんとの関係性についてお伝えします。
目次
神田沙也加の生い立ちが壮絶!
神田沙也加さんは、父・俳優の神田正輝さんと母・歌手の松田聖子さんとの間に生まれた子供として有名です。

当時の神田正輝さんと松田聖子さんは、大人気の俳優と歌手だったのでビッグカップルから夫婦となり、そして子供を授かると日本中が騒然となりました。
しかし、芸能人の子供ということから辛い思いをたくさんしてきたという神田沙也加さん。
生い立ちが壮絶なので、まとめました。
- 1986年10月1日東京都で生まれる

画像引用:Twitter
小学校:東京都世田谷区にある聖ドミニコ学園に入学
- 10歳の時に両親が離婚し親権は松田聖子さん
- 松田聖子さんが歯科医の波多野浩之さんと再婚
中学校:千葉県の暁星国際中学校に入学
- 母親の松田聖子さんの仕事の都合で渡米することを拒む
- 千葉県の全寮制の中学校へ入学するもいじめに遭う
- いじめが原因で都内の学校へ転校
- 転校するも馴染めず、母親のいるロサンゼルスに行き日本学校へ編入
- 英語が話せず、継父・波多野浩之さんとの生活にも限界になり日本へ帰国
- 再び日本の学校に転入
中学時代は、4度の転校を繰り返す
高校:東京都の千代田女学園高校(※現在は、武蔵野大学附属千代田高等学院)ヘ入学
- 高校2年生の時に学業との両立が難しくなった為、通信制・単位制の東海大学附属望星高校へ転校
- 大学は進学せず、高校卒業した年に芸能活動を休止
- 1年半飲食店でアルバイをする
2017年4月:俳優の村田充と結婚

2019年12月:村田充と離婚していたことを発表
2021年12月18日:北海道札幌市内のホテルで転落し、この世を去る
生まれる前から有名人

画像引用:女性自身
神田沙也加さんは、俳優の神田正輝さんと歌手の松田聖子さんの長女として誕生。
両親がトップ芸能人だったことから、神田沙也加さんが生まれる前から注目されており、生まれてからもすぐに雑誌に掲載されるほど日本中がざわついていました。
両親の離婚
神田沙也加さんは、1998年聖ドミニコ学園小学校を卒業。
神田沙也加さんが10歳の時に神田正輝さんと松田聖子さんが離婚し、親権は松田聖子さんが持つこととなります。
1998年5月に松田聖子さんは6歳年下の歯科医・波多野浩之さんと交際2ヶ月で再婚。

画像引用:Twitter
神田沙也加さんが通院していた歯医者に連れ添った際に、歯科医の波多野浩之さんに一目惚れ。
小学校卒業後は、中高一貫校の私立学校への入学が決まっていましたが母親の松田聖子さんがアメリカに拠点を移すことになり渡米する選択を迫られました。
継父となった波多野浩之さんも一緒にアメリカに行くことになっていましたが、神田沙也加さんは渡米はしたくないと日本に残り、全寮制の中学へ入学することにします。
中学時代のいじめ
母親の松田聖子さんと継父の波多野浩之さんと一緒にアメリカに行くことを拒んだ神田沙也加さんはそのまま日本に残りましたが、中学は4度の転校を繰り返すことになります。
《中学校は正直つらいことしかなかったです。結局4回転校を繰り返しました。(中略)寮ではすさまじいいじめが待っていて。寮生活でのいじめって逃げ場がないんですね》
引用:週刊女性PRIME
全寮制の暁星国際中学校に入学した神田沙也加さんは、芸能人の娘という理由もあってかいじめに遭います。
- 下着を盗まれ晒される
- 布団を濡らされ寝られない状態になった
寮は逃げ場がないと辛い日々を過ごしていました。
学校をやめないために血のつながりのない親戚の家から通うこともありました。
母親の松田聖子さんのもとに帰ろうとしても、歯科医の波多野浩之さんとは離婚、不倫疑惑騒動もあり、スキャンダルのさなかにいた神田沙也加さんは居場所がありませんでした。
アルバイト生活
神田沙也加さんは19歳の時に芸能活動を休止しました。
14歳でグリコ「アイスの実」でCM初出演で芸能界デビューし、それからは映画やドラマ、舞台女優としても活動してきました。

宮本亜門さん演出のミュージカル『INTO THE WOODS』では、約20倍のオーディションで勝ち残ることが出来た神田沙也加さん。
《ここできちんと自己形成をしないと何をやっても中途半端になる、先に進めない》と切実に感じるようになった。引用:文春オンライン
自分を見つめ直すために、研修旅行としてニューヨークやロンドンへ舞台を見に行ったほか、飲食店でのアルバイトを始めます。
そのまま飲食店へ就職しようかと考え始めていた頃に、女優の大地真央さんが様子を見にお店に来てくれました。

画像引用:神田沙也加Instagram
考えていることを大地真央さんに話したところ「もったいない!」と言われ、後日大地真央さん主演の舞台『紫式部ものがたり』への出演オファーをされ、芸能活動を再開させることになりました。
大地真央さんとは親子のように仲良くて、「ママ」「さや」とタメ語で話す関係性なのです。
神田沙也加の育ての親は祖母!
当時、トップアイドルとして大活躍だった母親の松田聖子さんは多忙な日々を送っていました。
そんな神田沙也加さんを育ててくれたのは、松田聖子さんの母親である一子さん。
神田沙也加さんの祖母となります。
祖母には厳しく育てられたという神田沙也加さんですが、祖母にはとても感謝しているそうです。
神田沙也加さんが芸能活動をすることを祖母はずっと大反対していました。
トップアイドルとして多忙な生活を送っている松田聖子さんを見てきたからこそ、孫の神田沙也加さんには芸能活動をして欲しくなったそうです。
しかし、当時神田沙也加さんが所属していた社長の説得もあり、芸能人として活動をすることを認めました。
神田沙也加さん自身も祖母に育てられたと話していましたし、ブログにも「おばあちゃんとお買い物や焼肉に行った」と祖母との仲について投稿することも多かったです。
神田沙也加と毒親・聖子との関係性は?
母親である松田聖子さんは毒親と言われても過言ではありません。
- 幼い神田沙也加さんを両親に預け全米進出
- 教育よりも我が道を優先
- 不倫疑惑報道や略奪婚などスキャンダルが多い
- 娘の芸能活動にライバル心
- 紅白で共演するも嘘泣き
- 神田沙也加さんと12歳年上の彼氏の交際を猛反対
- 神田沙也加さんの結婚に無反応だった
- 家族で支えていた個人事務所を退所し、元恋人と新事務所を設立
毒親・聖子の嘘泣き
2011年に神田沙也加さんと松田聖子さんが初共演で紅白に出場しました。
母娘でデュエットし熱唱後、2人で手を繋ぎ肩を抱き合い頬を寄せていたことは思い出深い印象です。

画像引用:NEWSポストセブン
母親である松田聖子さんは泣く姿が見られましたが、実は泣いていなかったとのこと。
松田聖子さんの嘘泣きは昔から有名です。
デビューから笑顔を絶やさず、賞レースでは泣き声なのに涙が出ていないという「嘘泣き」を披露したと報道されることも。
母娘と仲良しに見えましたが、紅白の時期も関係はギクシャクしていました。
実際の中を知る関係者は松田聖子さんの泣き姿を見て呆れ、神田沙也加さんは「ママはウソ泣きしていた」と言っていたそうです。
毒親・聖子は著書に登場していない
松田聖子さんは、自分ファーストと生き方であると言われても誰しもが納得するかもしれません。
5年間も音信不通だったこともあったとなかなか母親と娘との距離が縮まることはなかったようです。
神田沙也加さんの初著書『Dolly girl』には、
《父神田正輝、母松田聖子の間に、1986年10月1日長女として生まれました》と一度しか松田聖子さんの名前が出ていません。

絶縁状態が続いた神田沙也加さんと松田聖子さん。
神田沙也加さんが2021年12月18日に命を絶たれてしまったことは非常に残念です。
本当の真相はわかりませんが、最期まで溝が深まることはなかったのでしょうか。